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斎藤 寿雄(さいとう としお、1846年3月7日(弘化3年2月10日)[1] - 1938年(昭和13年)2月17日[2])は、日本の政治家。衆議院議員(3期)。
群馬県出身[2]。医師となる。小幡村(現・甘楽町)議、北甘楽郡議、群馬県議、北甘楽郡立病院副院長、郡衛生会頭、同教育会長、群馬県医師会長、医師購買組合理事長、信用販売生産購買組合長となる[2]。
1898年の第6回衆議院議員総選挙において群馬5区から憲政党公認で立候補して当選する[3]。1904年の第7回衆議院議員総選挙は不出馬。時をおいて1912年の第11回衆議院議員総選挙では群馬県郡部から立憲政友会公認で立候補したが落選[4]。1915年の第12回衆議院議員総選挙でも落選[5]。1917年の第13回衆議院議員総選挙で復帰した[6]。1920年の第14回衆議院議員総選挙では群馬5区から立候補して3回目の当選を果たした[7]。1924年の第15回衆議院議員総選挙には立候補しなかった。1938年死去。